月夜見 “刀と されこうべ”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  


        9



 お城下を騒がせる押し込みにも関係があるらしき、怪しい儀式を営むお堂へ潜入したまでは良かったが。不意に大声張り上げた髑髏さんのお陰様、居場所がばれるわ、怪しい輩呼ばわりされるわで。我らの秘密を知られてしまったからにはという、お定まりの口上のもと、お家大事のお侍様たちと、正面切っての格闘と相成った麦ワラのルフィ親分とその御一行だったのだけれど。

 「…っ、こんの…っ!!」

 日頃の捕り物でも大きにご披露しているそれ、悪魔の実の能力者であればこそという特殊な技を生かしてのめった打ちで、大太刀振りかざして斬りかかる家臣らを次から次へと薙ぎ払っていた親分さんへ。何の制約もなく、こんな高尚な苦悩になぞ縁もなかろう町人の分際でと、そちらさんも頭に血が上っている盛りだろう若いのが。壁にあった隠し扉という想いもよらぬ角度から、突然突っ掛かって来たものだから。

 「………え?」
 「親分っ!」

 やはり丸腰も同然という身で大乱闘に組みしていたサンジが気づいたが、突き飛ばすにも庇うにも、どうにも間に合いそうにはない間合い。ルフィ本人までもが、ああこれはやばいかもと感じたほどの切っ先が、正に突き立たんとしたそんな刹那に、

  ―― しゃらしゃん・じゃりりんっ、と

 どこかで聞いた覚えのある、軽やかではないがそれでも涼しげな鉄
(かね)の音が。意外なくらいの間近で響いて。それが聞こえたのと同じ方から、誰か何かの大きな気配が衝立(ついたて)みたいに迫って来て停まる。咄嗟の危難への反射で思わずぎゅうと眸を閉じていた親分だったが、その身へどんとぶつかったのが、冷たい刃やしゃにむなばかりな若侍の気配なんかじゃないのがすぐにも知れた。視野を塞いだ真っ黒な背中は、何度も水をくぐったのだろ、随分と褪せてしまった墨染めの僧衣でくるまれていて。右の肩だけが押し込まれていての下がり気味になってたのは、そちらの手で握ってた…楯のようにして差し渡してた錫杖で、鉄砲弾のような家臣の刃を真っ向から受け止めていたからで。鋼を巻いて、実は仕込みになってた杖の部分が勢いに砕かれへし折られてしまったほどの、全力全霊をかけてという執念乗っけた凄まじい突進を何とか遮ってくれたその人こそ、


  「……………、ぞろっっ!!」


 ここんとこ そのお顔を見なかった、それが何でだか気になって気になってしようがなかった不思議な坊様。自分で自分のことを“ぼろんじ”なんてな言いようをする、ざっかけない振る舞いと、頼もしい笑い方がどうにも忘れられないお坊様。

 「相変わらず危っぶねぇトコにばっか居やがんのな、親分はよ。」

 大きな肩越し、ちらりとこちらへ そそがれた眼差しが。ちょうど傍らにあった篝火に照らされた横顔ごと良く見えた。大人びて男らしい、雄々しくも精悍な面差しも、ちょいと悪ぶった口利きも、見るのも聞くのも久方ぶりで、

 「ば…馬鹿野郎っ。こちとら町方、十手を預かる身なんだぞ。
  危ないことだからってって、避けて通っててどうするやいっ。///////」

 女子供へのような扱いに思えたか、そんな言いよう、咄嗟に返したものの、

 “……親分 親分。”

 いくら町方でも、どうにも危ない、しかも畑違いなことへまで わざわざ首突っ込まなくたって良いんだぜ?と。サンジやウソップがその内心で素早くツッコミを入れたのは言うまでもなくて。
「おい、そこの坊主。あんたまで招かれてたのかよ? ここの怪しいご祈祷式。」
 そちらさんは別段町方や捕り方ではないのだが、板前という仕事の勝手が良いようにとの、尻っぱしょりに紺パッチという軽快そうないで立ちの足元を活かし。高々振り上げた長い脚、凄まじい威力で駆使しての蹴り技で、もはや道場でのやっとおしか覚えが無さそな武家とやら、右へ左へ薙ぎ倒しもっての声をサンジが掛ければ、
「そんなんじゃねぇよ。通りすがったら怪しいことやってやがるんで、罰当たりな奴らめと、説教してやろうと思っただけだ。」
 勢い殺した伏兵からの刃を、持ち手の若いのごと突き飛ばし。鞘をなくした直刃の和刀、杖の頭になってたところの、鉄環を提げた柄の側握ると、ぐんと腰を落としての力強い構えを固めた僧衣の男。大きな拳がその握力を示して、ぎりりと柄の糸巻き引き絞る音を鳴らすと、伏せ気味のお顔に据わった双眸が、薄闇透かして家臣らを睨め回す。

 「言っとくが、慈悲も御加護も期待すんなよ。
  お前ら、選りにも選って俺の逆鱗に触れやがったんだからな。」

 そもそも正当な宗教関係者には見えないほどに、あちこち擦り切れた、相当に荒
(すさ)んだいで立ちをした人物なのだが。それが敢えて…聖職者が口にする言い回しを並べたものだから。どれほど大きく負の方向での、御加護が雨あられと降って来るものかと思わせて。

 「…っ。」

 そちらさんたちもぎらつく太刀を手に手に構えているはずが。それが通じぬ天敵相手を前にしてでもいるかのように、いづれの御家中も肩を凍らせており、早々と逃げ腰になりかかる者までいる始末。
「く…っ。」
 それでも中には血気盛んな者もいて。袂を肘にからげるまでと大きく振りかぶったそのまんま、板張りの床踏み鳴らす駆け足も猛々しく、怒涛の勢いで突っ込んで来る猪のような手合いが飛び出して来たけれど、

 「…っ。」

 避けもしないでの、鋭い一閃。斜めに力強く振り下ろされた袈裟がけの太刀筋が、そちらだって練鉄鋼なはずの刀ごと、猪侍を打ち飛ばす。刀に当たった分で斬りつけられるのは免れ得たか、それにしたって結構な体躯だった大男が、掛けて来た勢いをそのまま跳ね返されての飛ばされてしまい、元居た一群を薙ぎ倒したほどもの、坊様の怒りの膂力は凄まじく。

 ……ちなみに。

 逆鱗というのは中国の故事から来た言い回しで、竜の喉の下には逆さうろこがあって、それに触れると竜が我を忘れるほど怒り、必ず人を殺すそうで。そこから転じて、帝の怒りのことを言い、時代が下がっての今時は、目上の人が肝要な気持ちを失うほど怒ることを“逆鱗に触れた”と言うのだそうな。
「…自分のことに使ってどうする。」
「日頃からも“俺様”って言ってる奴なら、問題ないんじゃね?」
 こちらさんは逃げの一手で、取り囲まれちゃあその半円陣を蹴散らすサンジの蹴り技が炸裂し、何とか入って来た戸口への撤退を果たしたウソップとチョッパー先生。そちらも一種の隠し戸か、壁に目立たぬようにと設えられてた小さめの木戸だったのだが、どんと押し開け、外へと出れば、

 「……げ。」

 夜陰に居並ぶは、白張り提灯の群れまた群れ。猫の子一匹捕り漏らさんという数と厚みで取り巻かれていたのへと、真っ向からお見合いする格好になってしまい、
「ぎゃああ〜っ、既に取り巻かれてる〜っ!」
 退路を塞がれてしまい、もはやこれまでかとばかり、大声上げて焦ったものの、

 「ウソップじゃないか。まさか、中にはルフィもいるのか?」
 「………へ?」

 名指しでのお声を掛けられて。はい?と顔を上げて見やったならば、籠手やら鉢当てやらでの装備も勇ましい、それぞれにたすき掛けして刺股
(さすまた)抱えた捕り方の一団と、それを率いて来たらしき同心の、ゲンゾウの旦那がキョトンとしている。
「ゲンゾウの旦那?」
「ああ。今宵、此処に捕り方を突入させるべしというお達しが降りたのでな。」
 元はお武家のお屋敷だけれど、今は住まう人もないはずで、持ち主となっている筋のご当主からの許可も得た。何より、藩主ネフェルタリ・コブラ様からの直々のお達し。
「ご城下騒がす強盗一味が根城にしているという疑いがあってな。その詮議でのお調べだ。聞こえているなら、さあさ、大人しく道を空けなされ。」
 後半は、彼らを追って来たらしき侍たちへのお声掛け。重々しいお声で呼びかければ、数と威容に圧倒されたか、もはやこれまでと観念したか、家臣ら一党、その場へ続々と頽れ落ちてしまうばかりと相成り。

 一方のお堂の中はというと、

 「そろそろ観念した方がいいんじゃねぇか。」
 「何をっ?!」

 片やは十手をゴムゴムの大技で振り回す不敗の盾、そしてそんな凄まじい防御に背を任せての、ぐいぐいと祭壇へ向けて歩みを進める、墨染の衣を着た偉丈夫の堂々たる歩みが、もはや狭間に誰の護りも挟ませず、豪奢な袈裟僧衣をまといし老爺のところへまでと達しており。
「何をとち狂っての企みなんだか、言い伝えの秘術に要るからってだけで、町家商家にまで押し入って、古い刀剣を山ほど集めさせた件のことだ。」
 逆らう手合いは容赦なく斬りつけ、しまいにゃ人死にまで出しといて、
「そんな凄惨なこと、仕組んだ奴がよ。ご大層な袈裟に埋もれて納まり返ってんのは、話の筋が違うってもんだろがよ。」
 もっとも、仏への祈祷だか邪神への祝詞だか、よう判らん段取り組んでたらしいがなと。何をしたかったのかさえ理解不能なデタラメと、呆れたように鼻で笑った雄々しき若武者へ、

 「…何も知らぬ者が、小賢しくも偉そうな口を利くでない。」

 金つぼ目をぐりぐりと、不気味な光で満たした老爺。ばさばさと絹を鳴らして、その場に立ち上がると、骨だけのような渋うちわを思わせる手を伸ばし、腹の底からのそれだろう、金切り声を大きく放つ。

 「我らが審判の髑髏様っ、どうか御加護の制裁をっっ。
  恐れを知らぬこやつらに、天罰与えて下さりませいっっ!」

 きいきいと甲高い声が放たれた先、その手が指した方向には。丁度 彼を取り巻く周縁に腰を抜かした御家中らをはべらす格好で、異様なものが浮いている。薄暗がりではあるけれど、そこにも篝火が焚かれていたので、宙へとぷかり浮いてる何か、ゆらりと揺れつつ振り向いたのが、それはようよう見通せて。

 《 何を偉そうに勝手なことを。》

 もしゃもしゃとした縮れた毛を顔の倍ほど広げた何か。いやさ、もはやその呼び方も白々しい、褪めた白の上へ灯明の黄昏色を馴染ませた髑髏。骸骨の首だけが、勝手を得ての浮かんでおり、

 《 今度はこの騒ぎもまた、私の祟りがやらせたことだとするおつもりか。》

 青白い鬼火が舞うのは怪談や肝試しの趣向、お化け屋敷の出し物にもよくあるが、

 “髑髏を舞わすとはねぇ。”

 親分も思い切った手を考えたもんだ、いやいやこうまで凝ってることとなると、あの長っ鼻か、若しくはグル眉の板前が入れ知恵したものか…なんて。何か仕掛けのあることと、そんな風に思い込んでる坊様が、ちょいと手を止め見物に回る。ホントに彼らが欲した髑髏様だとしたって、このお怒りの文言は味方同士のやりとりとは到底思えずで。

 《 大体、その伝承がすっかりと本当ならば、
  今の宗家の血筋とやら、
  その代からは真っ赤な他人のそれとなってもいようこと。》

 紛いものの単なる伝承、信じたところでその根本に大いなる矛盾をはらんだ代物であることだっていうのに、

 《 そんな見極めもつかぬ盲従妄執、どうして無事果たされようとお思いか。》

 漆黒の髪が夜陰の中でその輪郭を見せたほどに。自ら青白い光を放った髑髏であり、

 《 そのような悪い心掛けまで負わされるなんて、わたくし、真っ平ごめんです。》

 ぶん、と。勢いをためるための後ずさりもなしに、その位置からの一直線で。壇上にいた老爺の手元、いやいや顔面間近にまで一気に間合いを詰めて飛んでった、真白き髑髏の急襲に、

 「ひ…っっ!」

 何かそういう楽器でもあるのかと思えたほど、甲高く厚みもある声での短い悲鳴が上がってそれから。立ち上がってたそのままの姿勢で、その場で気絶してしまってた首謀者のお館様とやらであり。

 『あのおん年で良くもまあ、心の臓が止まらなんだもんだよな。』

 なんの、あれほどの企み巡らしたほどの奴だもの、心の臓に毛が生えてたのかもしれないぞ?なんてなことを、後世に語り継がれることとなろうとは。思いも拠らなかったに違いない。怪しき髑髏の怪奇譚、呪いの祭壇の巻、これにて終幕でございまする。





   ◇◇◇



 とて。

 伝承の半分は本当のお話であったらしく。理不尽な仕打ちだと思いはしたが、子供を攫うなんて悪いことをした自分だから、殺されてしまったのもまあ仕方がなかったのかも。せめて、攫われた子供がずっとずっと息災でありますよにと、今からじゃあ遅いと思いつつそんなことを念じて事切れた自分だったと、もはやそこまで思い出してた髑髏さんであり、

 《 呪うなんてとんでもない。今の今まで意識なかったんですし。》

 とはいえ、祠から出された途端に、霊が憑いたかこのように機能しているということは、少ないながらも何かしらの未練はあって、成仏してはいなかったということでは? とは、チョッパー先生のご意見だったが、

 「それもどうかしらね。」

 大騒ぎの捕り物から、大掛かりな検挙という一連の出入りが済んでもなお、ふわりふわりと浮いたままな骸骨さんへ。どういう関心を示したものか、あんまり人の目には触れさせぬようにと、捕り方が乱入し、関係者一同を引っ立てて行く間は、柱の陰へ隠れさせ、
『後片付けは私が…。』
 どういう関わりか…大方麦ワラの親分の加勢だろうが、町の人らが何人か居合わせたのへの、他言無用を言い聞かせますとの含みある言いようをし。現場への居残りを引き受けたロビンさん。ちっとも怖がらず、はたまた何か細工があるのだろとの疑
(うたぐ)りもせず。嵐が去った後のようなお堂の中、本来収められていたという厨子を前にした髑髏さんと、向かい合ってのお話しにひたっておいで。どういう筋合いの髑髏さんかを、ウソップやサンジからも一通り聞いたそのまんま、ということは、此処に集っていた連中の信じてたものが、実は…荒唐無稽な話ってばかりでもなかったらしいと確かめてから。彼女が彼女なりの思うところを述べたのが、

 「魂が蘇ったのはこの人の意志によるものなんじゃないのかしら。」
 「はい?」
 「だから、怨嗟あっての未練からじゃあなくて。
  体をバラバラにされちゃってたことで、成仏出来なかったのかもしれない。」

 厨子の中だなんてなところへ、ある意味、封印されて仕舞われていたようなもの。考えようによっては、こんな企みに召喚しやすいようにという対処を先んじて取られていたとも思えるくらいの扱いであり。彼女が言わんとしたことへ気づいたサンジが、だとすると…と、何とも言えぬ しょっぱそうなお顔をして見せる。

 「つまりは、死んでからも縛られていたってことになるワケだ。」

 そもそも子供を攫わせた奴らだろうに。攫って来なきゃあ士道不覚悟、万死に値するとか言われもしたんだろうにサ、と。とことん利用されまくりだった髑髏さんへと同情した彼であり。いい迷惑な話だと、それこそ今こそ怒っていいのに、

 《 じゃあ、あの山ほどの刀は…。》

 随分と静かなお声で、そんなことを訊く彼で。今回の騒動のいわば鍵。それを集めたいがため、中には斬られた人も出たという、何とも罪な刀の山であり。証拠品だが、捕まえた連中の人数も半端じゃあなかったので、そちらの移送が済み次第、とって返して引き取りにくるとか。薄暗いお堂の中、間近で護摩を焚かれているせいか、最も明るいところに無造作に積んであるままのそれらを見やって訊いた彼なのへ、
「あなたを起こすのに要ったと言うのなら、ばらばらにされた各部の骨が封じ込められてでもいるのかも。」
 ロビンさんが、それもまた彼女なりの推測らしきことを仄めかす。祭壇に積まれたまんまのおびただしい刀の数々を、小首を傾げて…首だけなので宙に浮いたまま少し傾いて見やっていた骸骨さん。う〜んと小さく唸ってのそれから、

 《 呼びかけたら、戻って来ますかね?》

 ちょっぴり不安げな声を出し、誰へともなく訊いて来た。
「そりゃあ、本来の主なんですもの。」
 隠密のお姉さんは、それはそれは楽しげに微笑って見せて、
「赤の他人がいじるのとは訳が違う。その髑髏へあなたの意志がすべり込めているように、他の骨へだってよくよく聞こえるはずだと思うけれど?」
 ああそうだった。今、この白骨が喋れているのだって、理屈としては誰かさんの魂が宿ってのことだったと。そんな入り口付近の大前提に今頃になって気づいてるサンジやウソップらをよそに、

 《 だったら、あのその。今、私が呼びかけても構いませんかね。》

 だってあれって、今回の騒動の証拠品なんでしょう? 無くなってしまったら此処に居合わせた皆さんが叱られたりはしませんか? この期に及んで、まだそんな及び腰な物言いをする彼へ、

 「……あのな。」

 髑髏が舞ってて腰抜かしたってな、困った証言取れまくりの奇っ怪な事件だ。何で盗んだかの動機にしたって、宗家を呪うためだとあの爺さんなら堂々と言って憚らないかもしれない。だったら、

 「刀が何本か消えましたってな怪奇現象が起きたって、
  今更なことと計上されちまうんじゃねぇの?」

 この場にいた俺らを疑うったって、どこにも隠しちゃあないものをどうやって持ち出せるかねと。出るには通らにゃならないのだろう、がっつりとした体格のいい男衆二人、杖棒構えた張り番の方を、細い顎先でしゃくったサンジであり。

 《 でしたら………。》

 彼なりの腹をくくったものか。(いや、腹はないなんてな冗句はいいから。)心持ち俯くと、むむうと何やら念じ始めた髑髏さんであり……。





   ◇  ◇  ◇



 お堂に居残った中に、親分とチョッパー先生が居なかったのは。気絶した首謀者のお爺さんに付き添った訳でも、また勝手なことをしおってとゲンゾウの旦那から叱られてたからでもなくて。

 『…っ。』
 『…、ぞろっ!』

 不思議な髑髏に襲い掛かられ、さしもの強心臓でもびっくりしたものか。立ったままにて気絶した、コトの首謀者さんを見届けてから。捕り方が突入して来ることとなっている此処から、いつものように立ち去ろうと仕掛かった坊様だったのだけれども。さっきの一撃、仕込み杖を粉砕したほどの強烈な突きの切っ先を、実は脾腹に少々食らってもいて。
『これは…血止めに縫った方がいい。』
 がくりと膝を折ったお坊様だったのへルフィが取りすがり、あややと慌てて駆け寄ったチョッパーがそんな所見を下したので、
『此処は私たちが見届けるから。』
 ロビンさんがこちらへとその手を延べて示したのが、彼らが侵入した経路なのだろ、祭壇脇の隠し階段。突入の混乱に紛れるように、そこへと何とかすべり込み、チョッパー先生にも付き添ってもらっての、親分が肩を貸して運び出して、さて。あまり歩かせてもなんだからと、近くの川辺に船宿の番小屋があったのを思い出した親分、今の季節は使われていないはずだからと、そこへと向かってちゃっかり借用させていただいた。船頭たちが休憩にと使っている小さな小屋で、小あがりになってる板の間があるだけだが、それでも土間や水口もあるし、カマドはないが囲炉裏があって。炭が残っていたので火を燠すと、土瓶に湯を沸かし、傷を塞ぐための手術に取り掛かったチョッパー先生。そこは慣れてることだから、急造の戸板の診察台の低さにも、却って勝手がいいと言ってのけてのあっと言う間に。てきぱきと施術を終えてしまい、さてと安堵の吐息をつくと、

 『あ、ああああ、あのさあのさ。
  俺さ、消毒と化膿止めの薬、取って来るから。////////』

 何を嗅ぎ取ったか、微妙に赤くなってしまってのあわあわと。薬のある自宅か、ああでも取り置きが無かったら小石川まで行かなきゃだし、帰るのは朝になるかも知んないとかどうとか、慣れぬ言い訳並べつつ、後ずさりのまんまで戸口へ向かい、そこからは素早くてのじゃあねと駆け出した小さな先生。

 「…あんな怖がってたのに、一人で大丈夫なんだろか。」

 いや、あれでも大人らしいから。それに骸骨のお友達も出来たから、そこらのお化けくらいじゃあもう怖くないのかも。そんなこんなと軽口を叩き合っていたものの、

  「………。」
  「…ばか。」

 しばしの沈黙の後、不意にそうと言い出したのが、ルフィ親分だったりし。
「馬鹿ってのは何だよ。」
「馬鹿だから馬鹿って言ってんだ、ばかゾロ。」
 俺は岡っ引きだから、危険なところにも飛び込むし、怪我だってしょっちゅうしてんだよ。それにゴムだし、斬られんのだって避けられりゃあ問題は無いんだし………。

 「……………。」
 「親分?」

 今度は不意に黙りこくってしまい。寝床の間際へと寄せた樽に腰掛けたまんま、俯いてたお顔へと、手を伸べ頬へ触れてやれば。その手を自分の両手で捕まえ、もっとと自分から押しつけながら、

 「そんな…腹なんて危ないところに怪我してさ。
  もっと大変な怪我だったらどうしたよ。
  チョッパーだってまだまだ駆け出しだから、
  偉いお医者さんへ掛け合うなんてこたあ、そうそう出来ねぇんだぞ?」

 手のつけようがないほどの大怪我だったらと、今になって怖くなって来た親分だったらしくって。
「…そうか、それは気がつかなんだ。」
 すまんな、無鉄砲して怖がらせちまったと。宥めるような、和んだお声で言うゾロへ、だのに…何が違うか、親分はふりふりとかぶりを振るばかり。

 「あんな…お武家の企みに居合わせられるなんてサ。
  いくら坊様だからったって、間がよすぎるんじゃねぇか?」

  おおお?

 いくら何でも今回は、通りすがりだの奇遇なこっただのじゃあ済まないと。そんな不審感でもって、その薄いお胸を一杯にしている親分なのだろか。

 「………。」

 本当は…この藩の動向や世間の空気を観察し、悪い傾向にあるようならば、中央の幕府へ報告せにゃならない立場の御庭番。その他の案件へもずんと高い立場からの越権行為がいくらかは効く立場だが、逆に言や、そんな身の上だということが広くばれてはならぬ。顔が割れてはお役目が果たせぬからで。ロビンさんにはバレてもいるが、そっちは隠密同士の化かし合い。大人同士ゆえの暗黙の了解あって…という代物らしく。

 “ああいう曖昧なもの、この親分さんにはこなせないこったろうしな。”

 何で偉いさんの関わりだったら、この店には見回らねぇんですかと。揶揄じゃあなくの本気で判らないからと、声高に訊いてしまうようなところがなかなか抜けないお人だから。正体がばれたらもう逢えねぇかなと、そんな覚悟を何とはなく、心のどこかで構えてもいたゾロであり。その時がとうとう来たものかと、ひどく残念に思っておれば、


  「ホントはお武家さんが出家した人だったんだ、ゾロ。」

   …………………はい?


 だってよ、あんな物凄い勢いの突きを一瞬で見極めて止めちまうしよ。前々から凄げぇ使い手だよなって思ってたけど、小さいころから“やっとぉ”をしてたんだろ? それに、あんな仰々しいお屋敷への潜り込みも慣れてたし。あれって、知ってた家なのか? それともお武家の家ってのは作りが似てんのか?

 「………えっとぉ。」
 「あ、ごめん。出家しちゃったから、あんまり触れちゃあいけないことなんか?」

 ずっとずっと何か変だなって思ってたんだけど、それで何でも出来るゾロだったり、お武家の出のドルトンさんとも親しかったりしたんだな? それだと色々と、つ、つじ、辻褄?も合うしさ。

 「俺が危ないことでふらふらしてっと、見るに見かねて飛び出して来てくれてさ。」

 そういうの、助かりはするけどあのな? 今日なんかは凄げぇ怖かったしよ。だからあのその…//////// と。元はお武家さんだったら強いのは判るけど、でもあの、危険なことはしないで欲しかったりするからさ…と。まんまる頬っぺを赤く染め、一生懸命、掻き口説く親分さんだったりするものだから。


  “よかったぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。”


   ホンマやね。
(苦笑)


 物言う髑髏も現れの、ちょいと不思議な捕物奇譚。寂しかった擦れ違いがこんな形でまとまったのも、骸骨さんが結んだ縁ということならば、終生 忘れ難いものになりそうで。気が抜けたついで、腹からも力を抜いた途端に、ずきりと痛んで眉を寄せれば、

 「あ、大丈夫か?」

 甲斐甲斐しくもおでこを撫でたり。そうそう手ぬぐいと、懐ろから取り出した紅葉模様のかわいいの、水口で濡らして来てぎゅぎゅうと絞り、額や頬を拭いてくれて。そんな小さな手をひょいと捕まえ、

 「え?」
 「相変わらずに小さな手だよな。」

 そっちこそ、何でそんな大きい手なんだ。お武家さんだからか?と、何でもかんでも侍だからと持ってこうとする彼なのを、愉快そうにくくくと笑ってやってから、

 「え? あ、こらゾロ、そんな引っ張ったら、乗っかっちまうだろ?」
 「構わねぇよ。」
 「だって、傷が…。//////////」

 乗り上がってしまっては、縫った傷に障らぬかと。そんな心配をする親分さんへ、相変わらず見当違いなことばっか言うんだなと、精悍な口許への苦笑をますますと濃くしたお坊様。雄々しい腕は止められず、手とそれから、いつの間にやら肩口まで掴まれてのそのまま、引き倒されかけてた親分さんだったのだけれども。

 「親分、大変だっ!」
 「骸骨さんの名前が判ったぞっっ!」

 先の道で、向こうからやって来たのと合流したらしいウソップとの二人連れになって戻って来たチョッパー先生、意気盛んなまんまに言ったのが、


  「他の部分の骨も集まって、それで全部思い出したって。
   ブルックっていう名前の人で、
   元々はもっと東のほうの藩のお人で……って、
   親分? 何やって……。////////」


 あらまあ、どうしましょvvv





  〜どさくさ・どっとはらいvv〜  08.11.16.〜12.11.


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  *いやはや、長々かかっててすいません。
   肝心な主役であるはずのゾロがなかなか出せないわ、
   謎めきの方にばっかりスポットが当たってしまうわで、
   書き終えられるんだろかと、書いてる本人が一番案じておりましたが、
   こういうカッコで落着でございます。
   それにしても天然過ぎます、親分。
(笑)
   ある意味で、ゾロはこれからも大変かも知れませんが、
   親分を不安がらせるような無茶はせずに、……って。
   親分の方が先に、もっと大胆な無茶しそうですが。(げほんごほん)
   まま、頑張ってね。遅ればせながら、

     
HAPPY BIRTHDAY! TO ZORO!

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